蝋燭

久しぶりにお香を焚いている

匂いって1番その人に残るものだと思う。なんだか最近は自分に残ったもの、残らないものばかり考えているな。

 

ハンバートハンバートのまぶしい人という歌は、なんだか自分の奥深くにずっと残り続けてしまう。夢の中ではうまくやれてた、夢の中でしかうまくやれないんだ。そういう気持ちは確かに存在する。

 

 

私、お金を稼ぐことに深い関心を抱けないのだけれど、それは食べることに苦労したことがないからかもしれない。大学の費用は奨学金だからまだ払っていないしご飯は食べられているし。それからたぶん夢を見ているのだと思う。でも私はそうやって夢を見ている自分のことが好きだし、そういう自分はなくなりたくないと思う。

 

でももし社会に出てお金を稼ぐことに向き合っていくうちに、どうしても利害とかで考えるようになってしまったとき、きっと私は今のこの自分がまぶしくなるんだと思う。過去の自分自身をまぶしい人として見てしまうようになるんだと思う。

 

そうしたらもう戻れなくなってしまうのかな。まぶしい人は今もたくさんいる。だけどもし過去の自分に憧れるように、羨むように、妬むようになってしまったら、そのとき自分はどんな気分になるのだろう。

 

 

最近寝る前にろうそくをつける。その炎は好きなのだけれど、まぶしいと思うときもある。でもやっぱり消えてしまうのは嫌だな。

あまり

割り算も因数分解も、割り切れたときって気持ちいいけど、あまりが出たときのほうが記憶には残ると思う。

 

ぜんぶ同じで、現実のいろいろなことも割り切ってしまったほうかもう少し楽にさっぱり生きられるなあと思う半面、割り切れないで余りかでるからこそ心に残り続けるものなのかもなぁと思った。

 

割り切りたいなぁと思ってたけど、あまりがある状態を楽しめるくらいになりたいな。

RADWIMPSシザースタンドを聴きながら思ったこと。RADは「あまり」の部分だと思うんだ

 

追われているときこそ書きたくなるよなぁ

最近は理由もなく悲しい毎日です。それはそれでいいのだけど、問題なのはとことん悲しむ時間がないこと。就活が始まって、やるべきことが畳みかけてくるからどん底におちられないんだ。それがいいのだとも言いますが、今の私は悲しいときには悲しい音楽をききたいな。

 

ハナレグミの光と影を久しぶりにきいた。2年前の夏に、夜ブランコを漕ぎながらこの歌に思いっきり浸っていた経験があるのだけれど、それほどまでにこの歌は私にいろんな過去を思い出させてくれる歌で。

 

誰かに認めてほしい卑しさとか、誰にも見せないどろどろした沼みたいなところとか、いろんな自分がいるのって本当はすごく嫌なんだけど、この歌を聴いているときは嫌がっている自分のことすらも少しだけ受け入れられていると思う。

 

LINEのBGM設定にはつい力が入ってしまう。履歴残ってくれないかなアレ。とりあえず覚えているうちに書いておく。

矢野顕子忌野清志郎 ひとつだけ

奇妙礼太郎 骨と雨

思い出野郎Aチーム ダンスに間に合う

くるり 三日月

くるり 真昼の人魚

フジファブリック 赤黄色の金木犀

Men i trust Lauren

あとなんだっけ・・・

 

結局今はハンバートハンバートの好きになったころに落ち着いた

富も名声もいらないから好きな人たちと三食お腹いっぱいに食べて歌って暮らせる暖かい世界がいいな 私はそっちにいきたい 

就活でギラギラしている人を見るの嫌だなぁ。私がそうなってしまうのも嫌だなぁ

 

今日携帯の画面を割ってしまってセロハンテープで修復した。

 

 

バンザイ〜好きでよかった〜 ウルフルズ

 

いとこの運動会に行った。一年ぶりに会ういとこは身長も伸びてあんまり話してくれなくなって、どんどん変わっていくのを感じて少し寂しくなった。

 

いとこは頭がいい。周りも医者の子どもとか 頭のいい子 たちばかりだそうで、生徒会長のスピーチも抑揚があってジェスチャーもあって素晴らしかった。優秀という言葉が似合う彼らの未来が輝いてみえた。

 

 

そして自分の高校の体育祭を思い出す。

私の学校は文化祭とか体育祭とか、行事に力を入れる高校だった。

 

ゆるい校風

私も1年のときは応援団をやった。そして応援団の中では3年生の熱が一番強い。

受験のとき、先生は私たちの将来を本当に考えているのかとも考えたし、自分の学校至上主義という考えを持った大多数を見てひねくれた考えをしていた。

 

だけどきっとあれでよかったんだと思う。私の中にも思い出せる体育祭があったのだから、あの高校の中で、きちんと得るものがあったんだ。

 

後夜祭の最後に先生バンドがこの歌を歌ってくれる。私は受験があるからと3年生最後の後夜祭は途中で抜けてしまったけど、この歌を聴けなかったこと、心の中で結構悔やんでることに気づいた。

1、2年生で聴けたこと、本当によかった。

 

私の中にも熱中するものがあったんだ、と思う。

 

 

未来備忘録

今日がとてもいい日だったので書き留めておこうと。

 

朝少し遅くにおきて、お気に入りのかわいいワンピースを着たら、いつもより少し特別な気分になった

ので、前髪の分け方も少し変えてみた

 

大学につく2限が休講だったので、大学近くのカフェに行ってkodalineのアルバムを聴きながら昨日の講義の復習としての読書と、メディアに関する本を読む。

 

コンビニで友達と落ち合ってお菓子を食べて授業に出て、12月の宿をとる。

明日の資料を印刷していつもみたいにいろんな話をして、ラーメンとアイスを食べてルビースパークスを借りる。パターソンはまたこんど。

 

駅についたらワンピースの新刊が出てたので購入して帰りの電車で読み始める。携帯で懐中電灯をつけながら帰り道も少しずつ読み進める。

 

帰ったら食器を片して焼きそばをつくり、お風呂をいれる。洗い物をしてお風呂にはいってワンピースの続きを読む。

明日の資料を読んでルビースパークスを観て、寝る。

 

 

途中から予想だけど、ちゃんとできるかな。

ちゃんとやろう。

 

ラブソング くるり

 

逃げ恥に「弱っているときに待っていてくれる人がいる」という言葉があった。みくりが平匡に「変なのはとっくに知ってる。いまさらですよ」「1人で生きるのも2人で生きるのも面倒ならいっそ2人で生きてみてもいい」と言われたとき。

私の大好きなシーン。

 

前回の過保護のカホコでも、はじめくんがカホコに「俺のさがしてるカホコはいつも明るいカホコだ。」「家族を守っていこう。2人で。」と言う。

 

恥ずかしいけど、愛ってこういうことなんじゃないかなぁと思う。

 

自分には曲げられないものがあって。そういう自分を受け入れているんだけど、好きなんだけど、でもたまにそういう自分を恨んだり持ってるものを曲げたくなるほど落ち込んだりもして。

そのときに「それをずっと持ってていいんだよ」って、「それを持ってるあなたが好きだよ」って伝えてくれる人。

ひとりでは 私の好きな私 でい続けることはすごく難しい。だけど、もうひとりいてくれたらなんとかなりそうな気もする。

 

 

ギターのことはよくわからないけれど、CかDにしたいのにBかBマイナスになってしまうという意味は、なんとなくわかる。

フィルム 星野源

 

私は今、おばあちゃんの家にいる。ここに来る前、ツイッターとインスタグラムのアプリを削除して、ご飯を3食食べて夜になったら寝る「生活」を行ったことで、みるみるうちに回復している。

満たされたことでいろいろみえてきたことがある。 私は人を信じられる自分が好きだったのに、いろんな人の話を聞くことで自信を無くして、自分が霞んでしまっていた気がする。目に見えないものを信じるのは難しい。人を疑ってしまうほうが簡単だし、自分は予防線を張れるから傷つかないし。

だけど、一人ぐらい信じる人がいたっていいよね。きっと。それから、私はなぜか人を嫌い続けるエネルギーを持ち合わせてもいない。だったら中途半端に人を嫌うよりも最後には信じきっちゃったほうが私には楽だと思う。

ある事実があって、それをどう観るかはその人次第なのだから、自分の観た世界に浸れるかどうかが勝負なんだろう。私はたぶん、現実を観るフィルムを自分でつくれるんだってことを忘れかけてた。だけど今は自分のフィルムを信じている人にも出会えたし、もう大丈夫。ころころ世界が変わっても、最終的には楽しいほうを信じよう。

 

現実はいくらでも自分でつくれるから、それなら私は自分の好きな世界をつくろうと思う。

私が星野源を好きな理由。

 

 

もしかしたら、裏切られたことがないから言えるのかもな。お願いだからこのまま死なせてほしい。